Weezerの来日が待ちきれないこんな日々。楽しいですね。

「手はシャベルを使用するが、手がシャベルによって使われてもいるのである。一般に、身体が道具を使用するとき、身体は道具にとっての道具になっている。身体は道具となるまえに、みずから道具を使用する。そのことをかいして、身体じしんが道具となるといってよい。」

貨幣論みたいな一節。

上海に来てまるまる三か月が経ちました。

信じられないほど書くこと、アウトプットすることから逃げ続けているのですが、今日ばかりは節目としてブログに向き合うことにします…

 

この一か月は、東南アジアという『海外』に出て、この中国という大きな国を、中国という大きな国で留学している自分を、見つめなおすことが出来た一か月でした。中国語を勉強してきたこの三年間、日本以外の国をほぼ知らなかった私にとって初めて本気でぶつかった『中国(大陸)』という外国のことをますます好きになり、好きが最高潮に達した時点での上海留学でしたが、『海外』に出ることによって視野が広がり(あ~使っちゃったよ留学生大好きワード)、少し冷静になることができたのではないかと思います。

 

例えば。物価はもちろんマレーシアやタイのほうが安いし、上海のほうがせかせかしててプライドが高いし、中国にいて自由だと感じられたのは自由ではなくてただのわがままだったりしたし、食べ物だっておいしいけど油っぽいし、上海は空気悪すぎてマレーシアで久々に澄み渡る青空見て泣きそうになったし。

 

だから、上海に帰ってきてから「はー、上海しんど。」と思うことが増えました。

 

しかし、そのような悶々とした日々の中である程度落とし込んで考えたのは

①旅行ではその国のいい面しか見えない

②留学の目的は、中国という国を少しずつよいところも悪いところも含めて理解すること

ということ。

 

…だめだ何言っても一般論になる。

 

でも、やっぱり中華人民共和国が出来てからの、違うな、改革開放してからの発展のすさまじさとか、根本にある社会主義という考え方とかーー例えば中国ではほんとに職業が多いなあと思います。デパートのトイレ掃除している人とか常に三人くらいいたりするし、8時くらいからでっかい法規持って道路掃除しているおじさんとかいるし、朝ごはんを外で食べることが日本より多い中国では朝6時くらいから夜まで肉まん売ってたりするし、食堂にはテーブルふく係がこぼされた残飯を捨てるためのたらいと雑巾を持ってつねにうろちょろしているし←どこまでが国家が関わっているかは分からないけど笑ーーに関しては本当にすごいなぁ、こんな大きな国を一つに纏め上げるの大変だったやろうなぁ、って尊敬せずにいられません。

 

  • 3か月目の反省

(中国語の目標)分からない単語を書き留める。

ぼちぼちかなあ…問題は覚えてないということ。

(日常生活の目標)自習する。

あんまり自習できなかったなあ。分からないことはすぐ調べるクセは少しずつつきつつあるのかなという感じです。

(上海生活の目標)上海凝集力工程博物館、上海市博物館、1920年毛沢東旧居に行くことができました。中国の多くの博物館は入館料が無料なのですが、中国人の友人になぜかと聞くと「そうでもしないと人はいんないでしょ」とのこと。

 

上海凝娶力工程博物館

住所:上海市長寧区長寧路878号(中山公園内)

 中山公園の中にある無料で見学ができる博物館です。展示は、嘗て貧しかった上海がいかにして世界も羨むような発展を遂げたか、それは共産党の指導のもと一致団結して努力した結果ですよといったストーリーに基づいた展示が為されています。そこには日本や西側先進国が多大な援助をしたことには触れておりません。見学を一通り終えてエントランスホールに戻る手前には、これまたお決まりの「反ファシスト戦争(抗日戦争)勝利70周年」の記念展示がなされていました。これほど見学する価値の無い博物館も珍しいですね。

凝娶力工程博物館 クチコミガイド【フォートラベル】|上海

レビュー笑った。『共産党がいかにして中国を(上海を)発展させたか博物館』です。個人的にはボランティアの炊き出しの様子とか上海市の区ごとの共産党大会の様子とかがあったりしておもしろかったけど。笑


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▲入り口の様子


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▲入ったとこにある共産党のモニュメント。みんなここで写真とってた。


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▲90年代初めに、共産党が上海市共産党委員会のもとでたてた“了解人、关心人、凝聚人”というスローガン。みんなでいっしょに改革開放をがんばりましょうみたいな感じだと思う。


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▲昔の、お年寄りに対しての炊き出しの様子。中国にも炊き出しとかいう概念あるんやって感じです。

 

上海市博物館

住所:上海市人民大道201号


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▲外観。休日に行った四階建ての上海博物館は午後になると人数整理のため行列が出来ており、無料にすることで参観する人を増やそうという政府の思惑は成功かと思われました。一方で、冷房の効いた博物館内では多くのおじいちゃんおばあちゃんがベンチに座ってとうもろこしを食べながら涼んでいました。


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▲また、休日にもかかわらず社会訪問とおぼしき小学生が地べたに座り込み、熱心に少数民族のお面をスケッチしていました。

 
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▲昔の陶磁器の展覧があって、たくさんのきれいな模様の入った器があった。時代ごとに並んでいるのだけど、だんだん模様がこったり入れ物の材質が変わるのが見えて面白い。

 

1920毛沢東旧居

住所:静安区安義路61号
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この建物は、1920年に毛沢東が上海に身を寄せた際に、ここで革命を決意したとされる中国の現代史上、貴重な歴史遺産となっています。この建物の中には、毛沢東の当時の遺品や住居の様子が展示されています。入場料は無料で、しかも、写真は撮り放題です。そして、この展示場所の壁向こうには、中国現代アートのギャラリーが併設されています。名称が「MAO SPACE」という英語表記です。ケリーセンターという香港系のデベロッパーによる開発により、中国現代アートのギャラリーと毛主席というコントラストが現代中国を象徴していると感じました。毛沢東の文化大革命は今だに理解出来ません。静安区安義路61号。静安寺嘉里中心(ケリーセンター)大規模商業施設 の中に潜む毛沢東の旧居です。近くには毛沢東寓所旧址、(茂名路)威海路583弄3、5、7号、4?D4。 1924年 夏、湖南から妻楊開慧と岸英、岸青の二人の幼子を呼び寄せた住居が残っています。

『上海の毛沢東寓所旧址には毛沢東の当時の遺品や住居の様子が展示されています。入場料は無料。』by 中国の風景さん - 公共租界のクチコミ - フォートラベル

 
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▲毛沢東が昔実際に寝てたベッド。興奮する。


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こんな感じで三か月目は少しずつ上海博物館めぐりを始めました。まだまだいろいろ見に行きたいところがたくさんある。

 

(友達の目標)こっちに来てから知り合った人とご飯に行く。真の友達になる。

うーん。ぼちぼち達成できたかな。

ブログに書いたように、香港人の友達と遊びに行ったり、上海駐在の商社マンの方々と飲み会をしてげろげろにつぶれたり、タイにいた友人の中国人とたまに連絡を取ったり、中国人の大学生と博物館に行ったり、日本人と中国人が混ざった団体で新疆料理を食べに行く会に参加したりしました。あと中国人の女の子とご飯を食べに行ってひたすら遠距離恋愛トークしてたな。

人と出会うことは簡単だけどその先関係を深めていくことの難しさを恥ずかしながらこの歳になって実感しているところです。

 

  •  四か月目の目標

迫りくる四か月目、いよいよ春学期も終わりに近づいています。早すぎる。

夏、たぶん七月は北海道に、七月中旬くらいから一か月ほど神戸に帰る予定です。会ってください!飲んでください!遊んでください!中国製品もなにか要望があれば代购しますのでお気軽にお申し付けください!(笑)

 

四か月目の最大のイベントは北海道から母が来てくれることです。この三か月間で得た微々たる知識を生かして楽しい上海旅行になるようにガイドできるようにがんばりたいと思います。

 以上!明日は学校の運動会で授業が休みなんだけど、その通知を今日もらった。いつも休みの通知が遅いのは、すごく中国っぽいと思う。

 

「いつか書こう」だと永遠に書きそうにないのでこの場で一旦はき出しておく。

KYV31が安い

URBANO V01はSnapdragon 801であるが、MVNOが使えないのとAndroid 4.4止まりということで格安である。オクでもフリマでも7000円というところで「なんでもいいから1台」というのに最適だ。

2chで見た「品がないけど笑った表現」

ニュースチェック11

おっさんBSに帰れよ

個人的に「ニュース番組にスポーツを混ぜるな」と思っているのでスポプラ・ニュースWEBから明らかに劣化しているように見える。

クラッシュロワイヤル

このゲーム黒人モグラ叩きだからな

もう滅茶苦茶。

id:cild氏への業務連絡

釈明したほうがいんじゃない?あと「こあらです」がかなり挑発的コメントをしているのが印象である。

そういやスタバもネットするのにネットが必要だった

ひょっとしてモスってこれを真似したのか?という感じである。悪いところばっかり真似するんだなという感想が拭えない。

パズドラムラコtwitter公認アカウント記念スタート

もうこじつけすぎワロタ

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モノを減らし始めてから、人生が大きく変わったと感じています。

 

たくさんのモノにあふれたまま生活していたら、家がごちゃごちゃ、掃除が嫌い、お金もなかなか貯まらないというストレスがいっぱいの生活を続けていたかもしれません。考えるとちょっと恐ろしいです^^;

 

これはスピリチュアルなことや運の問題ではなく、いらないモノを減らしたことで、自分の「行動力」が上がったから、人生が変わっていったんだと思います。

いらないモノを捨てたら人生が変わった!断捨離してから自分に起きた3つの変化。 - ひつじ日和

 

家の中にモノがたくさんある状態のときは、毎日「片づけなきゃ」と思っていたし、「いらないモノは捨てなきゃ」と思っていたのに、なかなか行動に移せなくて、そんな自分にイライラして、自信もない状態。そんな状態では、何か新しいことに挑戦しようという気持ちもわかないし、何かをやりたいと思ってもやる気がわかない毎日でした。

 

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私がモノを減らし始めたのは、「断捨離」が流行し始めた時です。「モノを捨てれば何かが変わるかも?」という軽い気持ちで始めたのですが、やってみると最初はなかなか大変で・・・。でも、粗大ごみを捨て始めたのをきっかけにどんどんいらないモノを捨てられるようになっていきました。

 

一旦、捨てることに勢いがつくと、「これもいらない」、「あれもいらない」と捨てることになれて、家の中がすっきりしていきました。服でギュウギュウだったクローゼットもすっきりし、いらないキッチングッズでいっぱいだったキッチンもすっきりしていくうちに、何だか自分にもいろんなことができそうな気がして、嫌いで仕方なかった掃除の習慣化にも成功しました。

 

また、いらないモノをたくさん捨てて行く過程で、自分にとって必要なモノ、必要でないモノの判別ができるようになり、自然と無駄なものを買わなくなっていったので、お金も貯まるようになりました。

 

それまでは、テレビや雑誌で紹介されていたものをよく考えずに購入してはそのまま放置して、モノもお金も無駄にして、家の中にはいらないモノがあふれる暮らしでしたが、いらないモノを捨てるという作業を繰り返していくうちに、「いらないモノは買わない」ことが習慣となったのが、お金を貯められるようになった理由だと思います。

 

人は、自分の管理能力を超える量のモノを持つと、判断能力が低下して、「何が必要で、何が必要じゃないのか」が分からなくなっていくのかもしれません。「自分の管理できる量のモノを持ち、持っているものがすべて必要なモノ」という状態が一番いい状態なのかもしれません。

 

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■こちらの記事もどうぞ

・最初から断捨離はうまくできない。失敗を経験してどんどんうまくなろう! - ひつじ日和

・【モノを増やさない工夫】使う頻度が低いモノ、期間限定のモノはレンタルしてモノを増やさない。 - ひつじ日和

・断捨離のメリットは、時間と心の余裕ができること。 - ひつじ日和

・「食生活」と「住環境」は大事!暮らしを整えると、ストレスが減る。 - ひつじ日和

・【服の断捨離】後悔なく服を断捨離する2つのコツ。 - ひつじ日和

 

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2件目

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麦の水割り

 

やっぱり今日は長いね。

 

ピーナッツ食べてしまった。

20代の男のコなのになにあの綺麗なナマ脚…!!!

フェーちゃんねるで色々発表されたが本番は8月7日以降のようで、それまでの他愛もない感じがつらいところである。

ガチャについても8月7日までは1回も引かない方が良い。(当然だが)

それ以降も英雄祭(8月10日~)のピックアップ5%に全力が正解でそれ以外は無料1回+残り4人の15個召喚(?)のみに留めるのが正解(0円プレイの場合)になる。

英雄祭の★5が8%というのはそれだけ強烈なのである。

とはいえ、ここでオーブを全部使い切ってしまうと他のピックアップの15個で5人(初回無料+15個で4人)が引けなくなるのは美味しくない。なのでそこを睨みつつ英雄祭に全力ということになる、ちょっとややこしいか。

要するに60~90個を残して全部英雄祭に突っ込めって事である。
なお、前回の英雄祭は大型連休前でおよそ4ヶ月ぶりになるので次はハロウィーンまで飛ぶか下手したら年末である。そこも覚悟した方が良さそうだ。

2016年12月24日のクリスマスイヴ、そして25日のクリスマス。大阪・京セラドームで開催されたジャニーズWEST初のドームコンサートに行って参りました。24日と25日の昼公演に入ってきたので、2公演を踏まえての感想を自分のためにつらつらと書き残しておきます。本当は25日夜公演も入りたかったけど、その日のうちに帰られなくなるので潔く諦めました。
結論から言わせてもらうと、多分行った人みーーーんな言っていると思うけど、本っ当に行けてよかった!あの場に立ち会えたことに只々感謝しています。

 ドームが、WESTが、呼んでいた

のっけから私事で恐縮なのですが、わたしは北海道に住んでいて、一歩間違えると大雪の影響で北海道を脱出できず大阪に辿りつくことなくクリスマスを終える可能性が十二分にありました。元々23日の午後に発つ予定の飛行機を予約して前乗りする計画だったのですが、雪の影響で前日22日午後の新千歳空港発の飛行機が全便欠航し、「これはもうムリなのでは……」と絶望感に打ちひしがれ、22日夜にダメ元で1つだけ空席のあった23日の午前便に振替をして眠りに就きました。翌日23日、新千歳発の飛行機の動向を見ていると、とりあえず遅れても離陸はしているので「これはイケる」と思い空港行きのJRに乗ったところ、今度は雪の影響で列車の遅延が発生し、途中駅で立ち往生する事態に。結果的に飛行機の定刻には間に合わない時間となり、途中駅で停車したまま動かない列車の中で「やっぱり無理か」と肩を落としました。すると乗る予定の飛行機が遅延することが決まったという連絡が入り、なんと間一髪で飛行機に乗れることになりました。その後は無事に飛行機に乗り込み、1時間ちょっと遅れはしたものの快晴の伊丹空港に降り立ちました。ここで言うことではないと思うのですが、本当にこの時が自分の運の強さを感じたし、大げさに言えばドームがわたしを呼んでくれたのだと思いました。

 コンサート雑感

さて本題。まず、オープニング映像のストーリー展開がとても良かったです。クリスマスにそりに乗って空を飛んでいたサンタ6人とトナカイ1匹が地上に落っこちてきちゃって、それが京セラドームだったという構成。クリスマス公演ということを踏まえ、さらに濵ちゃんのキャラを活かすというアイディアに感心しました。

ジャニーズWESTといえばこれでしょう!と言いたい『ええじゃないか』から始まり、ズンドコ、ジパング、パリピポアンセムとザ・王道のアゲアゲ曲が続く流れ、どこかで聴いたことある……?と既視感を覚えたけど、これは原点回帰というメッセージだと受け取りました。

簡単な挨拶と数曲を挟んで、メインステージの大画面に再び流れる映像。出てきたのは本人たちではなく、一人の外国の少年。少年がクリスマスプレゼントの箱を開けると、中には入っていたのは小さな時計。開けた瞬間、逆回りに針が進む時計からメンバーのジュニア時代の映像に切り替わる。個人の映像もあれば複数人の映像もあり、最後に映ったのはB.A.D.の二人。そしてJr.時代の曲をB.A.D.、濵ちゃん、7WESTの順に披露。白状すると、24日に初めて見たときは、デビュー後に興味を持った自分にはこの一連の流れが辛かったです。周りには沢山のファンの人たちが集まっているはずなのに、会場に独りぼっちになったような気分だった。でも、Jr.メドレーの最後の曲としてCDに収録された『シルエット』を入れてくれたので、わたしは嬉しかったです。赦されたような気持ちだった。

MC後に『ボクら』を一曲ぽんと入れたのは、後々考えると変な感じもしたのですが、会場ではそんな気は湧いてきませんでした。最後の重岡くんのパート、“キミはキミのために生きるんだ/ボクはキミの陽だまりになる”がとにかく胸に来ることを思い知らされた。

クリスマスメドレーは、自身がかみしげ厨なのでラキセコンで終わりだと思っていたラブクリが再び生で聴けることに感動したのは勿論なのですが、濵田大先生が全部持っていくあの演出はずるかった!考えたの誰だよ!!!あと、最近関ジャニ∞の『十祭』を見ていたので『10年後の今日の日も』を聴いたら、ジャニーズWESTの10年後はどうなってるんだろう……と一人物思いにふけっていました。
今回のグッズのペンライト、ジャニーズWESTとしては初めてメンバーカラー7色に光る仕様だったのですが、その威力を最も感じたのがクリスマスメドレーでした。照史くん神ちゃん流星くんの『SNOW!SNOW!SNOW!』は3人とも外周に立ってスタンドの方を向いて歌っていたからか、オレンジ緑青が3区画にくっきり分かれていて、スタンド上方の席から見ると圧巻でした。あと先にも述べたようにわたしは絶賛かみしげ推しなので、『Lovely Xmas』でかみしげカラー、つまり赤と緑の2色になった会場を見て、クリスマスにクリスマスカラーに会場を染め上げるかみしげの全てが運命的だと一人こっそりと興奮していました。

みんなお待ちかね(?)のパラパラコーナーからホルモンにつながる流れ、そして会員制高級クラブをイメージしたような映像を挟んでからの腰振り大放出『CHO-EXTACY』、ダンスが今まで一番しんどいと本人たちが口にしていた『one chance』は、佳境に入ってこれらの曲ぶち込んでくるWESTの攻め具合に感服しました。このセトリでみんな体力もつの……?と不安にすらなっていた。

 ラスト一曲を残してのメンバーの挨拶。オーラス以外の2公演を通して印象に残ったのは、担当の重岡くんは勿論ですが、濵ちゃんと淳太くんでした。
濵ちゃんから生み出される言葉はファンにやさしくて、純粋。会場にいる人間の様々な背景を想定して話をしてくれて、それらを全て重苦しくなく楽観的に受け止めてくれるので、濵ちゃんに救われる人って多いと思ってる。あと、噛みはしても以前よりも拙さが薄れた気がする。
淳太くんはとにかくスマート。そして男らしい。24日は「辞めたくなった時もあったけど逃げません」と自身の意思表明をし、25日1部では「今日ここに来れなかった人も、誰も置いていきません」とファンに対して宣言した淳太くんは、まっすぐで格好よかった。誰よりも自身のアイドル像を全うする淳太くんが、ここまで辞めることなく来て、WESTのブレインという役割を引き受けてくれて本当によかった。
そして担当の重岡くんですが、24日に「この気持ちが燃え続ける限り」というフレーズを言い放ったんですよね。個人的な話をすると、わたしは魂は燃やしてなんぼのもんだと思っていて、だからこそ今こうしてジャニーズWESTにできるだけの熱量を注ぎたいと思っているわけなのですが、重岡くんとそのフレーズのマッチ具合がもう、半端なくて!重岡くんがあの言葉をチョイスしたと言う事実に、未だに胸が打ち震えます。25日1部は“ドームに立った時のハッピー度”が自身の予想を上回っていたという話を身振り手振りで表現していたのですが、その時の表情が何よりハッピーそうで嬉しかったです。重岡くんは、言葉の選び方からも重岡くんらしさが現れるので好もしいなあと思います。

アンコールのメンバーカラーのサンタ衣装は可愛いの一言に尽きる。あの二日間のためだけの衣装らしいという噂を小耳に挟みました。惜しみねえなジャニーズWEST……。

最後の締めは、重岡くんの地声コール前の茶番が2公演で違ったので微笑ましい気持ちでいっぱいでした。そんな重岡くんに素早くツッコんであげるため、皆が床にマイクを置く中でマイクを手放さない淳太くん(端っこなので片手しか手をつないでいないからというのもある気はするけど)には頭が上がらないです。

(30日追記)改めて自担の話をすこし

今回のコンサートの重岡くんは、とにかく何をしていても楽しそうで、俺は俺のためにドームという輝ける舞台に立っているんだぞ!というオーラをガンガンに出してきていたので、重岡担冥利に尽きるわ……とため息すらつきたくなるほどでした。よく重岡くん自身が口にする“ゾーン”というものに、おそらくずっと入ることが出来ていたのでは、と思います。最近だと『溺れるナイフ』インタビューで言っていた。

――そこがリアルで良かったです。普段、オーラの出し入れができるんですかね?

「俺、考え方が捻くれてるのかもしれないけど……。いつだったか、ステージで“笑えばいいんでしょ”って思ったときに、突然笑えなくなったことがあるんです。形だけの笑顔が“うそやん!”って急に思い始めて。「アイドル=笑顔」みたいなイメージがあるかもしれないけど、それがすごくぎこちない時期はありましたね。でも、今は音楽がかかれば、笑えるんです。スポーツ選手で言うところのゾーンに入る、みたいな。うまく説明できないけれど、自分の中に、アイドルっぽいキラキラを出すスイッチみたいなのはあります(笑)。」

【重岡大毅インタビュー】今年2作目の映画に出演「アイドルっぽいキラキラを出すスイッチみたいなのはある(笑)」 | ORICON STYLE

 25日1部の重岡くんの挨拶の言葉を借りると、“ハッピー度”のメーターが振り切れてしまったのかな、と。そしてその“ハッピー度”を知り味を占めた重岡くんは、コンサートをしながら、既に再び同じ場所に立つ未来を見始めているのではないかなと考えていました。わたしはただ、もっと行けー!もっとやれー!と外野から声援を送ることしか出来ないけど、重岡くんの脳内からアドレナリンがどばどば出まくる場所は重岡くん本人が自らの手で切り開いていくのだと、あの最上級の笑顔を見れば信じられます。まだまだ重岡担である今を楽しむぞー!

重岡くんについて同じようなことを話している方を偶然見つけたので、備忘録としてリンクを貼ります。他のメンバーについても同じくらいの熱量で触れているのがすごい。

最後に

またまた個人的な話なのですが、かつて関ジャニ∞を好きだった頃、わたしは地方住みの学生で、コンサートのために遠出することが出来ない環境にありました。エイトが初めてドーム公演をした2007年2月も例に漏れず、ただ翌日のワイドショーを録画して雰囲気を味わうことしか出来なかった。だからジャニーズWESTの初ドーム公演には、何が何でも行ってやりたいという執着心のようなものが密かにありました。

今回のコンサートで、エイトが好きだった頃のわたしの不自由さやジャニーズWESTがデビューしてからの新規ファンであることのもどかしさ等、普段は表に出さないもやもやを、大阪の空にぱっと放つことが出来た気がします。自分の話ばかりして申し訳ないのですが、それくらい、北海道で泣き寝入りすることにならなくてよかったと心の底から思っています。きっと行けなかった人もいると思うけど、こればかりは運としか言えないので、ごめんなさい。

公演終了後にツイッター等を見ていて感じたのは、わたしを含めた色んな人の色んな思いが一つの区切りを迎え、穏やかに新たな方向を向き始めたコンサートではなかったのかな、ということ。まさに『24から感謝届けます』というタイトルにぴったりのコンサートでした。ジャニーズWESTのもっともっと大きな夢が着実に叶っていくことを願います。

中島健人、マジぱねえっす

余談ですが、25日1部のMCが印象的でした。ケンティーことSexy Zone中島健人の話題が続くわ続く。他の人たちにレポは任せようと思っていたのに、気が付けば手持ちの手帳を手に取って彼らの言葉をなるべく取りこぼさないように走り書きしていました。

帰りの空港に向かう連絡バスの中でツイッターに必死に書き起こしたので、よろしければ読んで想像を膨らませるなり公演を思い出す材料にするなりして頂ければ幸いです。

 

(30日追記)

24日(25日1部も同じでしょうか?2部はWアンコールがあったようですが)のセトリと収録アルバムをまとめたものを下に置いていきます。クリスマスメドレーについては、元グループのアルバムを書きました。というのもわたし自身がクリスマスメドレーで『MIRACLE STARTER〜未来でスノウ・フレークス〜』が好きなことに気付かされたので、同じようにクリスマスメドレー曲で気になった曲があった人の助けになれば、という思いがあったからです。

 

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今回は久々の劇団!

タローウ!

よく引っかかるよなw

ギンガS!

水着姿を公開した母

ウルトラの国、今と比べると全然違うよな~

劇スペ2だ!

新しくなってる!突然だな

懐かしいなこのBGM!

いや~全く新しいラッシュだな

次回はギンガS直前!

楽しみだな~

END

 アドリア海沿岸はシーフード料理、内陸部はハンガリーやドイツの影響を受けた肉料理が有名なクロアチア。バラエティに富んだおいしいものが食べられると楽しみにしていたはずだったのですが、ポーションがとっても大きくて一日一食で満足してしまったり、観光に夢中になりすぎてご飯を食べ損ねてしまったり、終盤には外食に辟易して自炊を始めてしまったりと、食を語るほどの経験はできませんでした。まあでも個人的にはおいしい乳製品を満喫できたので幸せです。

ドブロヴニク

 スルジ山の頂上にあるレストランでいただいたのは、日本ではまだちょっぴり高嶺の花のブッラータ。ふわふわの白い塊を切り分けて口に運ぶと、フレッシュで濃厚なミルクの風味が口いっぱいに広がってうっとりしてしまいました。惜しみなく添えられたルッコラ、香り高いバジルソースとの相性も抜群で、白ワインが進むこと進むこと。

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 ドブロヴニクでは本来ならシーフードを満喫すべきだったのでしょうが、モスタルに出かけたりしてゆっくり街で過ごすことがなかったため、結局ちゃんとレストランで食事をしたのはこれが最後でした。

 そうそう、ドブロヴニク旧市街にはいたるところにジェラート屋さんがあるのですが、宿のオーナーに勧められて行った「Dolce Vita」というお店のジェラートが、素材の味が生きててすごくおいしかったです。私は確かレモン味とストロベリーチーズケーキ味を食べました。お店が路地を入った半地下みたいなところにあって薄暗かったので、写真を撮れなかったのが残念。

モスタル

 西洋文化とイスラム文化が融合した街並みにすっかり魅了され、夢中で歩き回っているうちに時間がなくなってしまい、たまたま目に留まったレストランに駆け込みました。

 白ワインとシーフードリゾットを頼んだのが出発時間の30分前で、すぐに出てきた白ワインを飲みつつリゾットが出てくるのを待ったのですが、15分経っても料理が出てくる気配はありません。ウェイターさんを呼び止め、もう時間がないので料理はいいからお会計を済ませたいと伝えたところ、料理はもう少しで出来上がるし、包んであげるから待ってて、と言われたので、更に10分ほど待って、ほかほかのリゾットを受け取ってバス乗り場に走り、何とかバスに乗り込んでモスタルを後にしました。

 ドブロヴニクの宿に戻って包みを開けてみると、殻付きの海老やイカ、あさりがたっぷり入ったトマト色のシーフードリゾットに加えて、櫛型に切ったレモンやトーストされたバゲットまできちんと入れてくださっていて、その心遣いに感動すると共に、その場でいただけなかったことをとても申し訳なく思いました。長旅を経てすっかり冷めてしまっていたリゾットは、それでもすごくおいしかったです。

フヴァル島

 いかにも観光客向けといった感じのだだっ広くて簡素なインテリアのお店に入り、メインディッシュとデザートのセットをいただきました。

 白身魚のソテーにぐっちゃぐちゃに煮込んだほうれん草とじゃがいもが添えられたメインディッシュは見た目通りの雑なお味でしたが、デザートのチーズケーキは滑らかなチーズ生地と甘酸っぱいチェリーソース、雑穀入りのざくざくしたクラッカー生地のバランスが絶妙で、かなりの大きさだったにも関わらずあっさりと平らげてしまいました。

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プリトヴィツェ湖群国立公園

 公園内のレストランでいただいたのは、プリトヴィツェ名物の鱒のグリル。おなかにすり身と刻んだお野菜を練った詰め物が入っているのが特徴だそうです。

 おなかにすり身をたっぷり抱え込んだ鱒に加えて、どっしりしたパンの盛り合わせ、日本だったら別料金を取られそうなしっかりしたサラダ、メインを凌駕する迫力の温野菜、やっぱりデキャンタで出てくる白ワイン……。何もかもがすごい量でただただ圧倒されました。

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ブレッド湖(スロベニア)

 湖のそばのカフェでブレッド湖名物のケーキ、ブレイスカ・クレムナ・レジーナ(blejska kremna rezina)をいただきました。ふわふわの生クリームとしっかり卵風味のカスタードクリームがさくさくの薄いパイに挟まれているこのケーキ、一見すごいボリュームだったので怯みましたが、生クリームが全然くどくなく、甘さも控えめだったので、最後までおいしくいただくことができました。

 そう言えば、ドブロヴニクやスプリットのパン屋さんにも、これとよく似た構造のケーキが売られていました。クロアチアでの呼び名はクレムシュニテ(kremšnita)というのかな……?ザグレブ近郊の町サモボルのクレムシュニテ(Samoborska kremšnita)がおいしいとガイドブックに書いてあったので、いつか食べてみたいです。

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ザグレブ

 ザグレブにはほぼ寝に帰るだけという感じだったのですが、宿の立派なキッチンは大活躍でした。

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 食材を買ったのはクロアチアのあちこちでお世話になったスーパー、KONZUM。宿の目と鼻の先にあったのですごく助かりました。

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 初日のお買い物はこちら。どれもこれも量が多くて悩みましたが、何とか使い切れそうなサイズのものを選んで購入しました。

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 ニョッキはゆでてトマトとチーズで簡単にソースを作って和え、ズッキーニは輪切りにしてウィンナーと共に炒めてみました。

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 2日目の夜、おなかぺこぺこでスロベニアから戻り、ザグレブ駅のKONZUMで食材を買い足し。気になっていたダルマチア地方特産の生ハム、ザグレブで食べることになるとは思いませんでした。

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 夕食はサワークリームを落とした具沢山のミネストローネと、ブルーベリーを散らした生ハムとチーズの盛り合わせ。

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 朝食はニョッキのマッシュルーム入りクリームソースの生ハム添えと、フレッシュベリーをたっぷり散らしたベリーヨーグルト。

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 束の間の自炊生活でしたが、まるでザグレブで暮らしているような気分になれてとても楽しかったです。